音楽を構成する要素として、大きく分けて「メロディー」「コード」「リズム」の要素があります。
メロディーは音の「横の流れ」。それに対して、コードは音の「縦の響き」です。同じ時間に、どんな音が一緒に鳴っているか?それがざっくりとしたコードのイメージです。リズムは、メロディーやコードをどういう長さで、どのタイミングで鳴らすか。
それぞれの要素は独立しているものではなく、互いに密接に関係しあっています。
コードってなんだ?
先にも書いたとおり、コードは音の縦の響きです。今でこそ、体系化されて「C(シー・メジャー)」とか、「Am(エー・マイナー)」とか、簡単に表すことができますが、もともとはメロディー同士の重なり合いから縦の響きが生まれたようです。
言葉だけではちんぷんかんぷんだと思うので、具体例を上げてみます。
たとえば、童謡「かえるのうた」のメロディーは誰でも知っていますよね。
楽譜が読めない方のために解説しておくと、これがメロディーの「ドーレーミーファーミーレードー、ウン」を表しています。
かえるのうたの醍醐味は輪唱(りんしょう):追いかけっこでメロディーを一緒に歌うことですよね。最初に「ドーレーミーファーミーレードー」を歌った人は、次に「ミーファーソーラーソーファーミー」を歌います。そして次の人が「ドーレーミーファーミーレードー」を一緒に歌います。そうすることで、横の流れに加えて、縦の響きが生まれてきます。
一番最初は「ド」と「ミ」が一緒になっている。次は「レ」と「ファ」が一緒になっている。この鍵盤一個分離した音が、互いによく溶け合う音なのです。
そして、輪唱の3回目。
- 「ミーファーソーラーソーファーミー」
- 「ドーレーミーファーミーレードー」
- 「ドー、ウン、ドー、ウン、ドー、ウン、ドー」
が一緒に響きます。
この段階で、縦に「ド」「ミ」「ソ」が一緒に響く箇所が出てきます。3つ重なると、2つのときよりも、さらに気持ちの良いハーモニーが生まれます。この気持ちのいいハーモニーに名前をつけて、使いやすくしたのがコード、と認識してもらってかまいません。
ちなみに、コードという言葉の由来ですが、「電源コード」などと一緒で、線の意味を持っています。管楽器は一つの音しか出せないのですが、たくさんの弦(=線、コード)を張った弦楽器では一つの楽器で和音を演奏することができるのです。
よく響くって何?
なぜ鍵盤一つ分あけるとよく響くのか?それに、よく響くってどういうことなのか?これは、すごく物理的なお話になってきます。
音の高さは周波数といって、1秒間に何回の周期があるかで表すのですが、その周期が多ければ多いほど(=周波数が高いほど)高い音になります。そして、音を一緒に鳴らすということは、ざっくり言ってしまえば、この周波数の合成をしている、ということになります。
よく響く「ドミソ」の音ですが、「ド」と「ミ」は4:5、「ド」と「ソ」は2:3の周波数比になっています。二つの音の周波数比が単純になると、二つの波形の音がよく溶け合う、ということになります。
ちなみに、鍵盤の隣の音である「ド」と「レ」は8:9という、少し複雑な整数比になり、響きも濁って聞こえます(その濁りが味になることもあるのですが、今は割愛)。
明るいコード、暗いコードって何?
よく、「ドミソ」は明るい響きのコード、「ラドミ」は暗い響きのコードと言われます。この明るい・暗いのイメージを決めているのも、さきほどの周波数比の話になります。
「ドミソ」はそれぞれの音の周波数比が、4:5:6。
「ラドミ」はそれぞれの音の周波数比が、10:12:15。
暗いとされる響きの「ラドミ」のほうが、これまたちょっとばかし複雑な響きを持っているのです。
ただ、複雑なら暗いのか、と言われるとそうでもなくて、その複雑さによって、おしゃれに聞こえたり、汚く聞こえたりするのも、また不思議なところ。
音の響きの単純さ・複雑さと、自分たちが感じるイメージは、なぜ結びつくのか?というところですが、ここの説明は難しいところです。
強いて言うなら、「スキーマ(枠組み)」でしょうか。小さい頃から単純な響きの明るい曲(それこそ、かえるのうたとか)や、複雑な響きの暗い曲(ドナドナとか)をたくさん聞いて育ってきたから、自分たちの脳内に「この響きはこのイメージ」という枠組みが出来上がっているのです。J-POPのラブソングは適度に複雑なひびきの曲を使って、オシャレ感を出しています。この複雑さは、オシャレ、という枠組みも出来上がります。だから、音楽を全く聞いたことのない人が、初めて西洋音楽を聞いたときに、もしかしたら明るいとか暗いとか、感じないのかもしれません。
もう少し簡単な例え話をしてみましょう。自分たち日本人は、日本人の顔を判別することができます。けれども、外国人になるとみんな同じ顔に見えてくる。それが猿とか、他の動物になるとまるで顔の判別なんてできない。その違いはどこにあるのか、というと、今まで見てきたサンプルの数なのです。たくさんの日本人を見ているから、日本人のイメージの枠組みが出来上がって、少しの違いも発見できるようになる。猿は見たとしてもせいぜい数匹〜数十匹、サンプルが少なすぎて枠組みが完成していないのです。
音楽は、テレビから、街角から、カーオーディオから、いたるところからたくさん耳にして育ってきています。数はわかりませんが、数万曲以上は人生で聞いていることでしょう。そうして「明るい響きの曲」「暗い響きの曲」の枠組みが出来上がって、音の響きとイメージが結びつくようになっています。